鬱と不登校とメンタルクリニックでの診断

グリーフと不登校

一昨年の母の死と関係した記事がストップしています。

書こうと思っていることはあるはあるのですが、まだ、まとめるには落ち着いていない大人の問題があったりします

一方で、私の子供たちは私が留守の時には母が世話をしていたので、特に中学生の娘に関しては、グリーフの影響が顕著に出てしまったというのがあります。

家族内のグリーフの難しさというのは確実にあります。

ちょうど、中学校の担任との相性が非常に悪く
部活などで、それまで仲良かった友達とのトラブルがあったり
上の学年の男の子たちからのいじめがあったり
様々な問題が重なっている中で学校に行きにくくなった

その中で、最初は家族内での対応もばらばらで
亡くなった母や、父親、姉たち、そして、最初は私も、学校に行くようにという圧を無意識の上でもかけていたのだろうし
対応が後手後手だったのもあったのですが

母が倒れたことで、家庭内の雰囲気が重苦しくなったり、殺伐とした感じになったり
何か、絶望的な空気が漂ったというのも

娘自身の将来への不安とか、うまくいっていない状況を絶望的に感じさせるような状況に感じさせ
メンタルに影響を与えたのかなと今は思うのです

でも、私を含め、家族全員がグリーフにある渦中で、なかなか十分に子供のグリーフに対応しきれなかったというのはあります。

母が亡くなった年には、すでにメンタルクリニックに相談には行っていたのですが、漢方やレメディーでの治療もしているところだったので
子供だから、向精神薬の処方薬は避けていたのですが

結果的には、もう少し、向精神薬を含めた治療を早く始めていた方がよかったのかもしれないと、一年以上が経過して反省しています。

スピリチュアルと向精神薬

おそらく、スピリチュアルな生き方をしている方は、医者とか薬に対して、警戒心があるのかもしれませんが
全てに対して何かを決めつけて、Noと拒絶するのではなくて
その時に必要なものを選んでゆくのがよいのではないかと思うのです

子供にとっての一か月二か月の時間は大事な時間かもしれないし
悪化する前に、対応できるならば、それに越したことはないと思うのです。

実際に、我が家では、娘の方から、薬を処方してくれるメンタルクリニックに行きたいのだということを言いだしたのですが
娘は娘で不登校の同年代の子とネットを通じてつながって、お互いのことを話していたり
様々な情報を交換したりしていて
そうしたうちの何人かが、メンタルクリニックで処方された薬を飲んで、気持ちが楽になって
学校に復帰できるようになったという話をしていたのらしいのです

それで、私の方でも調べて、思春期の子供も見ているメンタルクリニックに連れて行ったのですが

その中で、医師の本人へのカウンセリングののち、私にも医師からの説明があって

最新の研究で、脳のどこが、どんな風に働いたり、働かなくなるのか
かなり細かく解明されてきているという話から始まったのですが

ここからは、鬱の人の脳の状態の話になってしまうのですが

精神的なストレスが強く、長くかかってしまうと
脳の中でリラックスさせたり、満足感や幸福感を感じさせるセロトニンの分泌がされなくなってくる
そうすると、脳のなかで一度作られたセロトニンを再吸収してしまって、自分でさらに作らなくなってくる
その悪循環で、不安や憂鬱な状態が強くなる

つまり、脳のセロトニンをだす部分がうまく働かなくなってしまっているのが原因で起こっているわけで

ピンポイントにセロトニンを分泌させる働きを持つ薬が、新しくできていて
比較的、依存性が低く、副作用が少ないので
それを試して言ったらどうかという提案があり

SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)というセロトニンを増強する働きを持つ薬が処方されました

人によって効果的な量が違うので、医者が様子を見ながら量を調節してゆくわけですが
娘は薬をのみはじめて、最初の二、三日は吐き気が、一ヶ月くらい眠気の副作用がでていましたが
一か月を経過したころから、表情が明るくなってきました

本人自身も、今まで、【不登校】というレッテルだけで
何かみんなができていることをできない自分というものに負い目を感じたり
自分自身の怠惰なもののせいで、サボり的に学校に行っていないように見られるのが気になっていたのではないかと思うのですが

【鬱病】という診断がついたことで、気持ちがかなり楽になったようなのです。

今は休むことが必要で、病気なのだから、何もしなくてもいいのだ
学校に行かなくていいのだ

その言葉は、娘自身を責める気持ちを少し軽くしたのではないかと思うのです。

そして、12月中に、久しぶりに中学に登校したあと

『前ほど、人の目が気にならなくなった。
怖くなくなった気がする』

と言い

私からみても、少し明るく積極性が戻ってきたように見えます

私はもともと、誰でも、鬱になる可能性はあって
ただ、そうなってしまうきっかけがあったかなかったかの違いで、鬱となるのかならないのかが決まるのだと思っています

現代社会のなかでは、そのきっかけなんていくらでもあって

いじめやパワハラ・モラハラ、将来の不透明さ、多忙さや重圧、グリーフ

真面目な人、責任感がありすぎる人、頑張りすぎる人、繊細な人、優しすぎる人、強くは言えない立場の人、助けを求めることができない人

さまざまな自身の性格や外的な状況が重なって、鬱にまでなってしまうのだということだと思っています

でも、そうなった原因のすべてを
自分が悪いからとか、自分がダメだからとか思ったり

救いがない、絶望的で先がないように感じてしまうのは

自分のせいではなくて

脳が疲れて、ちゃんと働けなくなっているだけで
脳の誤作動的なものなんだ

自分のせいじゃなく

脳の働き、脳の病気のせいなんだ

それを治療出来たら、普通の日常に戻ることができるのだ

って、思えるならば、少しだけ気持ちが楽になるのではないかと思うのです。

風邪の時に薬を飲むのと同じように
薬を飲んで、ゆっくり休んで、治そう

そういう選択肢もあるのだ、というのを知れば、さらに気持ちが少しは楽になるかもしれない。

 

娘は、薬をのみはじめて二ヶ月目ですが
以前ほど、ネガティブな発言はしなくなっているし
昨年は時々していたリストカットも一切しなくなっています

12月中には進学希望の高校の文化祭に出かけて、入学後の自分の姿を描くこともできるようになってきているようだし

大晦日に食事に一緒に出掛けたり
初詣に一緒に出掛けたり

昨日は友人と待ち合わせして、遊びに出かけてもいました

そして、ゲームでできた友達と、毎日チャットで話しながら

『ゲームの中で、人とのつきあい方を練習したら
高校でも人とうまく付き合えるようになるかな?』

なんていうことも話していたりします。

相変わらず週一の別室登校というペースでの不登校ではあるけれど
本人はなにもしていないようでいて

それでも必死に色々考えたり
行動してゆくための
外に出てゆくための準備をしているのだろうと思うのです

私はそれをつかず離れずで、生ぬるく見守っていて
必要な時に必要な手を差し出す
そんな感じでよいのかなと、今は思っています

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