姉妹間の不協和音発生:2020年7月25日

2021年のグリーフケア・アドバイザー1級取得にあたり、私自身が2020年8月末に母の突然の死を経験し、そのグリーフを抱えたままであったということがありました。
2020年7月8日朝、ゴミ出しで外に出て、転倒し、頭蓋骨骨折とくも膜下出血で緊急搬送され、1か月半の闘病生活ののち、享年87歳で亡くなりました。
Covidー19下。
その記録と私自身の心の動き、私の周りで起こっていたことなどを記録しています
(アメブロにリアルタイムで公開した日記を修正、内容に手を加えたうえで投稿しています)

2020年7月25日姉妹間の不協和音発生。

母が倒れ、急性期を過ぎました。
その間、治療が効果をだし、小康状態に落ち着いたことで、大学病院の救命救急センターには1か月ほどしかいれないので
転院をし、介護施設に入る見通しになっていました

この日、見舞いにいったら、呼び掛けた瞬間に一瞬、目が開いたり
少し反応がある感じもして、感情とか、意思を感じる程ではないけれど
意識が戻るかも知れないというのを、期待したりもするようになっていました

そんな中、母の介護に関して、姉の一人がつてを頼りに調べたり、実際に施設に問い合わせたりして
まだ何一つ決まってはいないのだけれど

それとは別にもう一人の姉が地元に預けることを優先的に調べようとしていました
母の受け入れができる施設が待機数216人という現状で、いくら介護認定で優先順位が変わるといっても期待はできそうもない地元の状況が判明しました
そして、費用がかなりかかることもわかってきたのでした

そのことを話し合おうとしたときに、一人の姉が他の人もいる状況で、タイミングを読まずに話をしようとして、もう一人の姉がいらっとして、少しきつい言い方をしてしまったのでした

ただでさえ、姉妹3人、母のことで精神的に疲労気味であったこともあったけれど

その辺りのやり取りでコミュニケーションがうまく行かなくて、きつく言われてしまった姉は自分をおろそかにされたと思い込んで

家庭内で、いきなりシャッターを閉めて
会話を拒否
母の介護に関することに関わらない
(わりには、見舞いにはきちんと言っていました)

家を出て、別の土地に住んで、家族と縁を切りたいとか言い出したのでした

この姉は0か100か、感情で極端なことを考える傾向があって
一度そうなると、始末におえなくなることが今までもありました

私は成人後に一度仲たがいをしたことがあって
その時は、2年間一切話をしないで過ごしたこともありました

この性格のせいで、人間関係に問題が生じて、トラブルになったことも多々あったのですが
母が倒れて意識が戻らないという極限に近いような状況で、それが爆発して

もしも、母が亡くなってしまった場合は、今、姉妹で住んでいる実家を売り払って分割する
そんな話に一気に進んでしまったのでした。

母がいなくなったら
というのは、私も母が元気なときから考えたことはあって

姉妹3人が将来的にも今の家にずっといられるわけではないかもと思っていたのですが

もともと土地は父が買って、そこに、二世帯住宅を建てて皆で住んでいます

しかし、その時点では母が亡くなってもいないのに
その権利とか金の話がちらつく展開になり
私は正直気分が悪くなってしまい。

姉は姉で自分が傷ついたと思っていたのかもしれないけれど
私はそういう展開が不快で。

どうしたら、母がまだ生きてるのに、そんな思考になってしまうのか、意味不明でありました。
(母の死を意識して、精神的に追い詰められたというのは確かではあるけれど…)

最悪の展開で、家をでなくてはいけないという未来を考えなくてはいけなかったので

地方に移住するのもありかな、と思ったのですが

一年たった段階で、姉は当たり散らして、ひどいことを言ったりもしたことを忘れて
現状維持で話を持って行っているので
地方移住を考えて、移住先を考えたり、そこでどんな風に仕事をしてゆくか考えてもいたのですが
なんだか何も変わらないということに落ち着いている状況です

Follow me!

関連記事

  1. 山形へ:2020年8月7日

  2. 娘にも影響が出た:2020年8月4日

  3. 死後の真実

    キューブラー・ロス博士の「死後の真実」

  4. 母が倒れる前夜:2020年7月7日

  5. 山形の施設に転院が決まる:2020年8月5日

  6. マップ・オブ・ヘヴン紹介

  7. 担当医からの連絡とガイド:2020年7月18日

  8. 母の亡くなる前日:2020年8月23日

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP
ツールバーへスキップ