似ているが違う状況にネガティブになる:2020年7月13日

2021年のグリーフケア・アドバイザー1級取得にあたり、私自身が2020年8月末に母の突然の死を経験し、そのグリーフを抱えたままであったということがありました。
2020年7月8日朝、ゴミ出しで外に出て、転倒し、頭蓋骨骨折とくも膜下出血で緊急搬送され、1か月半の闘病生活ののち、享年87歳で亡くなりました。
Covidー19下。
その記録と私自身の心の動き、私の周りで起こっていたことなどを記録しています
(アメブロにリアルタイムで公開した日記を修正、内容に手を加えたうえで投稿しています)

2020年7月13日似ているが違う状況にネガティブになる

QHHTのセッション後、喫茶店でコーヒーを飲みながら少し休憩をして
病院に母の見舞いに。

もちろん、まだ昏睡状態ですが
寝がえりをうったり、体を動かしたりはするので、脳機能は完全にはダメージを受けていないのかもしれません

寝がえりをうった瞬間に、少し眼が開いたのですが
反応的なもので、薄目を開けて寝る人と同じく、見えているわけではないのかな、と

ただ、前日に届いたヘリクリサムのアロマを少し顔の近くでかおるようにしたのですが
そのあとに少し反応があったようにも見え

好きなクラシック音楽にも反応があるように思えるのですが
(認識しているのがどういうレベルかはわからないが)

刺激を受けての脳の回復機能に少し期待もするのです

 

今、タグ付けで、くも膜下出血とかを入れているのですが
(アメブロで記事を書いていた)
そうすると、アメブロのおすすめ記事に、くも膜下出血関連の記事が上がってきます

少し興味があって読むのですが
ご家族がくも膜下出血で倒れ、開頭手術の末、生還された方の記事がいくつもあって

非常にぶっちゃけたことを言うならば

【親が手術で命をとりとめ、生きていてくれることが
親に『ありがとう』と言うことができる
それがありがたい、うれしい】

という趣旨のことを書かれているかたが結構いらっしゃって。

それを読んで

『うちの母親は手術もできなくて、このまま死んでしまうだろう。
それを思い出すと、その方のご家族の意識が戻ってよかったねとは思いつつ
少し苦々しく、この言葉をウザイと感じるな』

と、思ったのですわ。
もう、ハッキリと、正直な気持ち。

もちろん。
その方のご家族が生還されたこと、素晴らしいことなんだろうと思うし
素直によかったねと、言えたらいいんですが。
そういいたいです、できるものなら。

だけど、そうはいえないだろうなっていう、複雑な気持ちの、今の私がいたりします。

そんな自分を、まだまだ未熟だな、と思うし
そういう弱さ、嫌なとこがあるんだなと実感するし

そういう人間らしい?感情を抱いてしまう自分を、許そうと思うわけです

親の非常事態という一生にそうはない出来事にある状態で

パーフェクトな人間になんてなれない
誰にだって弱いとこはある
私は神でも、天使でも、仙人でもないから。

そして、その眼で改めて、考えると
グリーフを抱えた方が

誰かに慰められても、その人の大切な人が死んだわけではないから、自分の気持ちなんて
誰にもわかるわけない

そんな風に思う気持ちも、きっとそれに近いのだろうな
と思ったり

それでも、もしかするとわかるはずはないと言われちゃうかもしれないけど
結局は、自分の心が痛む経験を通じてしか
誰かの痛みに近づくことはできないのかもしれないと思う

その立場に近いところにたってはじめてわかることもあるのかもしれない。

 

私の母はまだ命はあるものの
脳のCTが希望をあまり持てないものであるので
私は意識が例え戻っても、良くて寝たきり&自分すらも誰かわからない状態だと予測しているのです

気持ち的には、私の知る母は亡くなった、とも覚悟しているので。

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