救急救命センター二日目:2020年7月10日

2021年のグリーフケア・アドバイザー1級取得にあたり、私自身が2020年8月末に母の突然の死を経験し、そのグリーフを抱えたままであったということがありました。
2020年7月8日朝、ゴミ出しで外に出て、転倒し、頭蓋骨骨折とくも膜下出血で緊急搬送され、1か月半の闘病生活ののち、享年87歳で亡くなりました。
Covidー19下。
その記録と私自身の心の動き、私の周りで起こっていたことなどを記録しています
(アメブロにリアルタイムで公開した日記を修正、内容に手を加えたうえで投稿しています)

2020年7月10日

くも膜下出血で救急救命病棟に入院した母の容態、変化はない。

ただ、一昨日の救急搬送後、8時間ほどの間に脳内の出血が続き、悪化していたので
手術をすれば逆に死期を速めてしまう可能性があるというので、手術ができなくなり

容態を見守るだけになった

重篤な状態でいつ急変してもおかしくない

そのなかで、新型コロナの影響で、救急救命センターに入院した人は面会謝絶になってしまうため
一般病棟に移った方が少しでも一緒の時間を過ごせるのではないかと

延命治療は家族全員で話し合った末に
なにもしない
ということになり

一般病棟のベットを探し
それが、今日うつれるようになった
と言う話

昨日は電話で連絡を聞くだけで
面会はできず

落ち着かない一日を過ごしたわけだか

 

つくづく思うのは
新型コロナによって、直接的、間接的にどれだけの年寄りが死んだのだろうと言うこと

母は新型コロナで外出自粛になる前は、週に3日くらいは習い事に行っていて
体を動かしたり、人とあったり、刺激を受けていた

それが、外出自粛の動きで、習い事がすべてなくなった

毎日することがなくて、家のなかにいるから
テレビをみるか、寝るか、になった

テレビでは、コロナの恐ろしさ、高血圧や糖尿病のある年寄りはかかったら死ぬだろう
危ない、という情報ばかりが繰り返し繰り返し流れる

恐怖を刷り込まれ

買い物にも行かなくなる
人を避けながらする散歩すらも、外出自粛のなかではばかられ、なおかつ怖い

体を動かさなくなるから体力がなくなり、疲れやすくなり
休みがちになる
さらに体力がなくなり

生きている楽しみも感じにくくなったかもしれない

そして、脳の働きも落ちてきたり

きっと、同じような年寄りが多数いるのではないかと思う。

母の場合は
病院にいったら、そこで新型コロナに感染するかもしれない、というのもあって
糖尿病と高血圧の持病があるが、薬が切れても、診察にいかなかった

薬を飲まなくなって
当然、体の中のバランスが崩れる

それが、結果的にはくも膜下出血につながった

 

母だけではなく、
新型コロナさえなければ

認知症を発症しなかったろう
くも膜下出血や脳梗塞など、何らかの病気を発症しなかったろう

そんな人は本当にたくさんいるんじゃないかと思う

 

新型コロナにかかって死ななくても
間接的な影響で
自粛生活で病を発症して死ぬ人もいる
経済的に追い詰められて死ぬ人もいる

どれだけの人が影響を受けたのか。

 

 

私は、ブルース・モーエン・メソッドのトレーナーをしていて
そのなかで様々な経験もしてきた

そして、それを通じて、日々

生きるとはなんだろう?
私がいきる理由は?
私の人生とはなんなのだろう?
私はどう生きたいのか?
私は死ぬときにどうありたいのか?
私とはなんなのだろう?
この世界とはなんなのだろう?

こんなことを問いかけ続けてきた。

もしかしたら、
そんなことをよく考える
日に一度二度考えない日はない
といったら、おかしいという人もいるのかもしれないけれど

死に対する考え方、捉え方が一般的ではなくて

怖い

嫌なこと、避けること

という感じではない

私自身の、やたらに冷静で
感情を切り離して、論理だけで動けるような部分が影響してもいるんだろうが

だから、母の死を意識しなくてはいけない状況のなかで
たまに涙が出る瞬間がありながらも
何が起こったとしても

【仕方がない。
そうなるようにあったのだ】

というような意識があって
次々と現れる雑務を淡々とこなしていた

三人姉妹の末娘なのだが
感情的になる姉を前に

私が決断をしなくてはいけない場面があったり
泣くどころではない状況があったりして

時々、なんなんだよ
私だって、悲しみたいんだよ
と思う瞬間もある

 

多分。
母になにかがあったときに、実質的にお葬式から様々を片付けるのは私なんだろうと思う

そして、それが終わるまで、泣けない予感がしていたりする。

 

母が入院し、時間が経ち
最初、最悪を想像し、急変したりすることを皆が思っていたが

時間がたてばたつほど、生き残っているということだけに希望を見いだして

もしかしたら、とみんなが思い始める。

それを、

でも、なにかあったらの覚悟だけは忘れない方がいい
期待しすぎない方がよい

と、自分を戒める自分がいる

同時に、ヒーリングを送ったり、愛を送ったりもしているけれど

結局は、母の魂が何を望んでいるかなのだろうと思う

 

希望をなんとか見いだそうと言う状況で
上の姉が、一般病棟に移ったら母の好きだったクラシック音楽を聞かせたいと言い出した

聴覚は最後まで残る感覚だというから。

聴覚から脳を刺激するなら
嗅覚も考えたっていい

アロマも効果がみられる可能性があるとかで
それを調べて、手配した

ヘリクリサムやローレルやマンダリンがよいとか

意識のない状態ではあるが
そのなかでも、少しでも意識に働きかけられることを生きている限りは試みようと思う

 

以上は、物質的な話。
スピ的にはそんなにすごい話はなく
ただ。

入院初日に、私はいつ急変してもおかしくないという言葉に

家族が皆席をはずしたとき
ヘルパーさんにあって、母が迷わないようにお迎えをお願いしておこうと思ったのだけれど

悲しさや不安とかの感情もありながら
ヘルパーを呼んだら
何人かヘルパーさんがきたのだけれど

そのなかに私の祖母がいたりしたけれど

更には、そのなかにブルースさんがいて
ブルースさんが私に近づいてきて

ブルースさんに愛を投射されて

私は普段、意識してブルースさんを呼んだり、探したりはしないのだが
(私はブルースさんを敬愛してるが、だからといってブルースさんを神格化するような行動をしたいとは思っていない)

けれども、本当に私が困ったときに、ブルースさんの方が気遣ってくれる
多分、私の感じていることは、ブルースさんは離れたところからトレーナーを見守っていて
ガイドやヘルパーのように
必要なときにだけ、最低限の介入をしているような方なんだと思ってる

トレーナーたちには、ブルースさんは信頼を持っていて
転びそうなときにだけ手をさしのべる
そんな在り方なんだ、と、私は思ってる。

 

だから、今回、私が難しい状況にあって、伝えておきたかったのだろう

『大丈夫、あなたには私のメソッドを伝えたのだから、自分のちからを信じて
そして、みんな、見守っている』

という言葉を投げ掛けられたように思う

それまで泣かなかったんだけど
その瞬間に涙腺決壊して、数分、涙が止まらなかった
今までの中で、まともに泣いたのはそのときだけだった

 

同じ様に、ブルースさんがなくなられた直後
最初のワークショップは、グリーフケアの必要な受講生のかたたちばかりで
とても難しいだろうことが予測されていて
私がプレッシャーで苦悩し、寝れなかったとき

霊で肉眼的に見える形でブルースさんがやって来て
全く同じようなことを言われたことがある

多分。
今の私の支えは
もしもなにかがあったとしても、私のガイドや祖母や母のなくなった家族、ヘルパーやブルースさんがそこに見守っていてくれるのだ
というのもひとつあるんだろう

それは私にとってはとても心強いものであった

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